後編
創業429年に学ぶ真善美ー後編
株式会社タゼン 代表取締役社長 田中善 氏
2025.11.5
若者の願いが導いた、本当の仕事への第一歩
善社長:独立した当初、仕事は全くありませんでした。タゼンと対立するような格好になっちゃってましたしね。
ただ、経歴を注目してもらうことは多くて。そういう取材記事を見て、一人の若者がきてくれたんです。十代だったかな。「両親にプレゼントしたいんですけど、なにか作ってもらえませんか」って。
だけど自分が作ると高くなっちゃう。(取材時:コップのオーダーメイドは5万円〜)そこで何ができるかなって考えた時に、材料費等々の諸経費としてだけもらおうと思った。「材料費として5000円もらって、作り方を教えるから、自分で叩いてコップを作ってごらん。ご両親もその方が喜ぶよ。」って。そういうスタンスで注文を受けたんです。そしたらわざわざ皿洗いのバイトもしてくれてね。そんなの値段以上の価値になるじゃないですか。こっちも嬉しいし。
相手の想いとか背景を理解して、自分に何ができるかなと考えながら、一緒に作ったり、体験してもらったり、思いを共有し合ったり。「こういうことなんだな、ものづくりって。」その感覚を得てから、本当に不思議と、注文が途切れなくなったんです。大事なことを教えてくれたのが彼女だったんですよね。自分が思う本当の仕事の一歩目でした。
あの感覚を全世界に届けたい。今のビジネスも、あの注文から着想を得てるんですよ。いまだに感謝してます。

ある時じいちゃんが工房で泣いていましてね。私が作った作品を見て「お前はタゼンを超えた。」と。はじめて認めてくれたんです。嬉しかったですね。
—この若者との出会いから、商の本質を受け取った善社長。やがて訪れる結婚や子育ての時間の中で、この感覚はさらに深まり、使命の自覚へとつながっていく。
暮らしの空間で体感した“伝導”の力
善社長:その後結婚、そして双子の出産がありました。仕事もしつつ、専業主夫として育児に没頭していました。銅をいくら叩いても腱鞘炎にならなかったのに、子育てで初めてなって。1人の時間はほとんどなくて、唯一落ち着けるのはトイレやお風呂、キッチンといった水回りだけ。
そこでふと気づいたんです。タゼンの住宅設備業は、人々の生活に不可欠な空間をつくっていたんだ。水や火を”伝導”させ、人の暮らしに快適さを届けている…。本質は祖業(銅)の“伝導”と同じじゃないかって。強烈に敬意が湧きました。
それで思いきって親父に頭を下げにいきました。「俺職人になろうと思ってたけど、今の本業はすごいと思った。」ということで、33歳でタゼンに戻ります。
Invision:そうして副社長に就任し、リフォーム業と祖業の銅事業を両立させたんですね。
善社長:いや。正直言うと銅はもうやらない覚悟でした。当時のタゼンは、ほとんど住宅設備業一本だったので、建築設備と経営を徹底して学んで戻ったんです。
表舞台に戻ってきた祖業

ただ、ここでもひょんなことで親子喧嘩になるんです。じいちゃんも親父も共通して、家では優しいんだけど仕事となるとこだわりがぶつかるんですよね。それで自分なりに、会社をどう変えていくかというところに工夫を重ねました。
そこで着手したのが古くなったコーポレートサイトのリニューアルでした。見積もりは、親父が提示した予算の倍。「どうしたもんか。」と頭を抱えていたときに、助成金でなんとかできそうだという話になって。新規事業をやれば補助が出ると。そこで観光コンテンツとして銅を活かしたプロダクトを立ち上げることにしたんですね。
それが話題を呼んで、思いもよらず祖業が表舞台に戻ってきた。そこから良い採用もでき、会社に活力が生まれ、気づけば「銅に救われた」としか言いようのない展開になっていました。」
—暮らしを支えるリフォーム業が主軸である一方で、眠っていた銅の事業が思いがけず息を吹き返した。本質はどちらも“伝導”。離れていたはずの二つの価値がついに交わり、タゼンの商いは新しい局面を迎えた。
Invision:社長に就任して7ヶ月(取材時)、いかがですか?
善社長:数ヶ月前から大波乱なことがあってですね。これまで数値目標が厳格に決められていたんですが、それを全て撤廃して、各人が目標を設定する、つまり上がガッチリ決めるのをやめたんですよ、不安はたくさんあるんですが。あまりなんでも決めすぎると、決められた側は主体性を無くしていくんですよね。個々が本来の持った考える力を取り戻すために、試行錯誤しています。
それで嬉しいのは、それはちゃんとトランスレーターが必要だから、僕がやりますって社員が出てきてくれたりね。有り難いですよ。
—老舗のイメージと、イノベーティブな実態に、新鮮なギャップを感じる。
チームニッポンの核は「職人商人」

Invision:脈々と受け継がれている教えはありますか?
善社長:タゼンの昔話は、小さい頃からじいちゃんの膝の上で何回も聞かせられてたと思いますよ。戦や大火事を経て、書物などはほとんどなくなってしまって、残ってるのは道具と口伝(くでん=口づたえ)だけです。
うちには昔からものを作るだけの“職人”でもなく、売ることに特化した“商人”でもない、”職人商人(しょくにんあきんど)”という教えがあるんです。一人の職人が一個作って集金までお客さんの顔を見て、責任をもって完結させる。プロセスを丸ごと担うんですね。
仙台という町は、工業地帯ほど大きな生産設備を持たず、生産量では勝てなかった。だから顔が見える密な関係性で勝負した。世の中が生産性を求めた高度経済成長期にも、その時流に乗らず、”職人商人”の教えに従ったがゆえに、顧客からの信頼を獲得するに至って、結果的に自由なビジネスモデルの転換に繋がったと考えています。
そこで下手にメーカーに特化して中途半端に大きくなっていたら、今ごろ吸収合併されて無くなってただろうなと。それってグローバリズムの常じゃないですか。家訓のように代々口伝で受け継がれてきた“職人商人”の精神が、タゼンを生き残らせてきたんだと思っています。
だから求人でも「作れるだけではダメ。売ることも、広報も、ガスのことも、ちゃんと知っていてほしい」と伝えるようにしています。作ることと届けること。このバランス感覚を、次の世代にも手渡していけたらと思っています。」
—「職人商人」の精神は、単なる仕事の流儀に留まらない。本質的な人のつながりを結ぶ知恵だと確信した。
「職人商人」がイノベーションの種
Invision:チームの核を守る一方で、「唯一生き残るのは、変化できる者である。」でいえば、タゼンはどう変化し生き残ったのでしょうか。
善社長:むしろその核こそが、イノベーションの種と言えるかと思います。職人商人を広く解釈すると「バランスと調和を重視し、新しいものを生み出す生き方や考え方」というか、異質なものを超合することで新しいものを生み出せる考え方だなと。
Invision:善社長がよく使う言葉に「超合」がありますね?
善社長:俺はこう思うよ、けど君は違うんだね。じゃあその中でどうやってもっとより良いところを目指していこうか、というような。そういう在り方を超合って言ってて。理想的な言葉を勝手に作ってですね。イノベーションってそういうところから生まれると思っています。
今の自分はビジネス基盤でもある銅とリフォームをどう超合していくか、超え合わさっていくか、ここの部分でどうビジョンを描けるか、経営者としての力量が問われていると思います。
イノベーションの種でいえば、世襲制もそうですね。一般的な経営でいうと、親しい人間や年齢の近い人にバトンを渡すわけですよね。ところがオーナー企業は父から子へと引き継ぐ。それほどジェネレーションギャップのある代替わりを急にやるのは、組織論的にはありえないことらしいんですよ。でも日本ではそれが受け継がれてきた。だから変化が起きるんですって。受け売りですけどね。なるほどなって救われたところがありました。
—核を守ることと、違いを受け入れ新しい価値を見出すこと。矛盾の超合こそが、長い歴史の源泉だったのかもしれない。
”人間はなぜ生きるのか”という問いの答え

ーワークショップも終盤、打ち慣れてきたところで、善社長がアドバイスをくれた。
善社長:自分の力で打つというより、重力と呼吸を合わせるんです。職人というのは、自然の摂理に沿った動きの中に美が宿るんですね。その姿があまりにかっこいいと憧れて、職人をしている部分もあります。
ワークショップなんかで集中していると、自分とお役さんの音の波動がシンクロする時があって。あれはたまらない、職人妙利につきます。五感を通して共鳴する感覚があるんですよ。
そういって手本を見せてくれるその姿は、まるで自然と調和しているようだった。
Invision:”人間はなぜ生きるのか” その答えは見つかりましたか?
善社長:実際になにかを”伝導している”という実感はあるんですが、“なぜ生きるのか”という問いに対する答えは、まだ見つからないですね。むしろ、わからないことが深まったぐらいの感じです。
銅は経年で変化しながらも、カタチは作り手の命を超えて残り続ける。銅を打っていると、時空を超えている作業に感じることがあります。
ー盃が完成した。
善社長:ちょっと、持ち比べてみてください。
ー完成した盃と別に、そばにあった盃も1つ渡してくれた。2つをもち比べると、全然違う。今日の盃の方がずっしり、質量を感じる。
善社長:実は同じ重さなんですよ。
Invision:(?!)信じられない。だって明らかに重量が違う。
善社長:”打てば打つほど”、物質の密度があがるんですね。それで、重く感じるんですよ。
ー”想いの質量”を実感する神秘的な体験で、ワークショップが終わった。
日本の良さって、なんだろう?
十九代目・善社長の歩みは、まさに一篇の小説のようだった。その背後に連なる数えきれない人間ドラマを思うと、その営みが四百年もの時を紡いできたことに、壮大なロマンを感じずにはいられない。
善社長と、タゼンのノンフィクションを通して、脈々と続く日本らしさの根幹に触れた気がした。紙とペンを前に、ああでもないこうでもないと、ことばを探す。すると偶然か、必然か、はじめてタゼンを知った時の善社長の社長就任挨拶を思い出した。
”銅の本質は「伝導」です。 銅は「祈り」を伝導すると信じられてきました。 ”
祈り…。読んだ当初は、ただただことばの濃度に面食らうだけだったが、今は違う。”祈り”それは宗教的なものというより、”見えないものを大切に思う心”のことではないか。
鴨長明「方丈記」の冒頭
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
…川の流れや泡の様子を比喩として用い、人生や世の中の移ろいやすさ、その中にあって人間が努力して構築するものの儚さを描く。
この無常観を会得した人だけがいきつく、歴史を繋いだ”万物への感謝の心”。ワークショップで体感した”想いの質量”が、日本古来の自然信仰とつながった。
“自然”への感謝から、無常観を。
“時空”を超える感覚から、超越した感性を。
“超合”から、異質をのみこみ昇華させる和の器を。
“口伝”から、承継と循環を。
善社長とタゼンの実話から感じたのは、祈りを承継する生命力だった。
その気配に触れたとき、日本に生きることへの誇りが静かに湧き上がるのを感じた。
ストーリーを取材したライター
