人間みんな、お腹空いてんのかも。
株式会社ヤマチク 三代目 代表 山﨑彰悟 氏
2026.3.13
「ちぇ、つまんないの。」
新年早々、会社で一悶着あった。初出社、久しぶりにみんなが揃う。自然と顔がゆるんじゃう。いつもより声を張って
「明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」
と出社すると、人影はまばら。まぁ、早めに着いたし。徐々に活気づいてくる。が、結局揃わなかった。やばい、これ私、ダメなやつだ。普段リモートでもさ、今日は違くない?胸がつまるよ。悲しみを守るように怒りがくる。居ないメンバーに直電。怒りに疲れると、よろよろしぼむ。「ちぇ、つまんないの。」お決まりのパターン。33歳、そろそろこのジェットコースター、降りたーい。
そんな時に思い浮かんだ人がいる。熊本・南関町の山奥で竹の箸をつくる、株式会社ヤマチクの三代目、山﨑彰悟さん。会ったことはほとんどないのに、どこかくぐってきてそうな匂いがあって。
東京から1000キロ。車窓はみるみる木々に変わり、森になり、ついには竹林に変わった。ここが待ち合わせ場所、熊本は南関町『拝啓』

遠くから「こんっちわ〜!」とニコニコで現れた彰悟さん。
おぉ、ゆるんだ。のもつかの間、
「人ってなんで大切なことが見えなくなるんですか?」
冒頭からしかめっ面で問う私に、全然動揺しない。
「僕も最近ありますよ、こないだ大雪あったでしょ。物流が混乱したんすよ。それで物が届かないってキレてる人なんですけど。お金を払っているからどうとかって話なのかもしんないけど、 自分の行使した権利の中だけで生きてるってのは大間違いですよ。」
スパ——ン!竹を割ったような性格。

「想像力だと思うんすよね。震災で物が届かなくなった時は、物流に関わる人もエッセンシャルワーカーだって注目されたでしょ。あーありがたかった、本当に助かったーって経験がないと、人間一生分からないですよね。経験したって、すぐ忘れる。だって、毎日電気があってありがたいなー。って言ってるやついないでしょ。僕たち相当恵まれてるから、色々当たり前になって、見えなくなっちゃう。さも自分が一人で生きていけてるような錯覚に陥る。 でもその当たり前の反対って、感謝だから。僕らは全ての当たり前をありがとうに変えたい。」
わー!お通しから大好物?空いてたお腹に、染み渡る〜。
ところで。彰悟さんはたぶん怒ってるんだけど、全然攻撃的じゃないの、なんでだろう。
「そうそう、僕の原体験はずっと怒りなんですよ。ただ無条件にずっと怒ってるわけじゃなくて、自分の哲学に抵触すると、すげえ嫌なんですよ。」
そんな彰悟さんの哲学に刻まれた原体験は、20代の頃、家業の中で出会ったある出来事にある。竹林の中で出会った、竹を切る職人さん(切子さん)は、70代の小柄なおじいさん。大きい竹を急斜面切って運ぶのは20代の自分でも重労働。「本当に大変な仕事ですね」と言うと、切子さんはさらっと「世の中には、損する人も必要やけんねぇ。」と答えたという。
自分の何不自由ないこれまでの営みは、彼らの我慢の上に成り立っていた。安い給料。報われない努力。整っているとは言い難い労働環境。帰りの車ではただ泣くことしかできなかったという。
「なんか、腹立ってきたな・・・。」見過ごしてきた自分に── 。

「創業した祖父から会長の父、そして僕と受け継いでる考え方に、社長はピンハネ業だというのがあって。僕は箸を作ってないでしょ。ビジネスモデルがあって、会社が技術を持ってて、作り手がいるから箸ができる。だから僕は皆さんにお給料を支払った残りをいただいてる。それなのに我々熊本の切子さんたちの努力をよそに、惹きがいいって理由で、京都産と売られていたことがある。当時は下請けメーカーで、自分たちの商品が他のブランド名で出てましたから。販売手法としてそれがいい、ってのは理解できる。でも自分たちの頑張りがなかったことになるのは許せない。」
こうなると人間ってやつは、なんで分かってくれないんだ、と怒りが外にむくもんだ。私がそう。
でも彰悟さんはちょっとちがう。感情にのまれること、ないんだろうか。

「僕プロレスが好きで。プロレスってカウント3回叩かれたら終わりなんですよ。カウント2.9からが一番面白い。負けそうで、負けない。うわー!まだ続くのかー!ねばれ——!って一番盛り上がる。そういうストーリーがあった方が、仕事もおもしろいでしょ。」
「あとはそうだな、やなせたかしさんの世界観が好きですけどね。結局、絶対的な正義はありえないっていうのが彼のテーマですよね。戦争って思い思いの正義を掲げて、人が人を殺すわけですよ。戦争経験者のメンタリティーとして、それに苦悩するんですよ、彼は。 で、 最終的に行き着いたのがアンパンマンですよね。国境が違おうが文化が違おうが、ただ唯一、お腹が減っている人に食べ物を恵む、って行為だけは、万国共通の正義であるっていう考え方を導き出した。 」
── あれ、なんで私アンパンマンで泣いてんだろ。やっぱりお腹空いてんのかな。
彰悟さんの怒りは攻撃的じゃない、まっとうでヘルシー。そう感じる理由が分かった。絶対的な正義はない。それを分かってて、込み上げる怒りを、自分はこうありたい、という希望に変えてるんだ。
そっちがいい。彰悟さんに見えている希望はなんだろう。

「僕の母校である立命館大学の創始者の 1人である西園寺公望が『日本は偉大な国になる必要はない。 その代わり尊敬される国でなければならない』って言葉を残してて、僕は今それがぴったりだなって思うんですよ。かつて弱点として言われた謙虚さとか感謝とかが、本来この国の骨格なんですよ。なのに先進国に追いつくために、極めて合理的なビジネスモデルを外から引っ張ってきて。マネするとこじゃないでしょ。本来の美徳をかなぐり捨てた結果、損得感情が先行して、 いただきますの六文字も言えなくなった。そのメンタリティは何なんだろうって。豊かになったかもしれないけど、感性は痩せましたよね。」
ここで口を開いたら、興奮して流れ切っちゃいそう。黙ってブンブン頷いた。
「前オランダ出張行った時、ご飯屋さんで”いただきます”って手を合わせたら、『それはなんだ?君日本人か?』って話しかけられて。 ここではそういうのしないと。 どういう意味?ってきかれて困って。うーん、神様へのお祈りとも違うし。迷った結果”pray for everything”だって言ったら、すげえ刺さって。なんだそれ超クールだって。真似したいって。」
プロの翻訳家でも「いただきます」は訳せないらしい。語源はアニミズムという自然崇拝の精神文化にある。自然と共に生きるしかなかったこの島国では、食べ物が“ある”こと自体が有り難い。その感謝がいただきますの文化をうんだ。この意味をややこしくするのは、文化継承の在り方にあるという。その国固有の思想は各国にあるが、神道には、教えを書きとどめた経典がない。暮らしの習慣に溶け込んで継承するのが特徴。思想と生活の境界が曖昧。
なるほど、だから説明のつかない感覚だけが残るのか。

「うちの箸先は断面で2ミリくらいなんですけど、その周りを0.1ミリずつ削ってるんですよね。口に入れたときの当たりがやさしくなるし、角から塗装が剥げるのも防げて、長く使えるようになる。そんなの誰も気にしない。でもね、やったほうがいいじゃないですか。あとは重心も大事ですよ。重心がずれた箸って、重く感じるから。大体このくらいのところで重心を取るのがいい。」
人差し指に箸をのせると、ピタッと止まる。おー。一般的な箸が15〜16gあるのに対して、ヤマチクの箸はわずか7g程度。重心の設計によって、これがさらに軽く感じるように作られている。だからヤマチクの箸はプロの料理人さんも好んで使う。疲れないし、食材を傷めないし、綺麗に盛り付けられる。誰も気にとめることのない、何気ないものでも全力で作る。それがメイドインジャパンだと、ヤマチクの箸は語ってくれる。そんな竹箸の発展も、日本の哲学の上に成り立っているというのだから、世の中知らないことだらけだ。

「ご馳走様の『馳走』は、走り回ることなんですよ。客人をもてなすために、あちこち走り回って食材を集めてきてくれたことに感謝する意味があるんです。だから、ご飯を美しい所作で残さずいただくことを大事にしてきた。となるとそれができる道具が必要でしょ。日本の箸が発展したルーツはそこです。ヤマチクの箸もその思想を大切に、魚を綺麗に余さず食べやすいように、箸先を細くしたり。豆腐も綺麗に掴みやすいように、箸先を四角くしたり。いちばん最初の箸は、竹を割ったものだと言われてますが、今や木でもいいじゃないですか。でもうちは、『竹の、箸だけ。』さっき言った削りとか含めて、竹箸に特化した機械は、世界にもううちしかないんですよ。」

こんな話聞いたら、我が家の箸はもう全部ヤマチクだよ。
でもいただきますやごちそうさまの文化のない外国にも、この価値は届くの?素朴な疑問が湧く。
「それこそ先週ですよ。大阪でうちで作った短編映画の上映会とトークイベントしたんですけど、一部二部あって、一部日本人、二部は外国人向けだったんですよ。めっちゃ泣いてて、二部も。あの映画をご覧いただいたら分かると思うんですけど、めちゃドメドメな内容じゃないですか。お弁当とか部活とか、外国人よくわかんないですよね。共通する部分は親の手料理。里帰りは当然海外でもある。 久しぶりに会うとやっぱ大好物を大量に作るんですって。 どのお母さんも。 映画の回想シーンでそれを思い出したし、自分も子供がいるから、すごい共感すると。 お母さんが子供に塩対応されてもニコニコで料理するシーンなんかも、胸が熱くなるって。それで思ったんですよね。食べ物を作るっていうのは、万国共通の愛情表現なんだなって。 」
── まさかのアンパンマン、ここで回収?

世界で箸といえばchopsticks。辞書で引くと2本1組の細い棒状の食事用具とある。木をバツっと切っただけのそれとは明らかに違う、本来もっと意味深いお箸。辞書に載るのがchopsticksから『YAMACHIKU』に変わる時、そこに載る意味はなんだろう。
「命をいただくことを大切にした食文化・いただく命に対する敬意の象徴。ですかね。けどまあ、取り立てて人の心とか考えを変えようとは思ってないけど。ただ僕がやってんのはお裾分けです。僕はこういうふうに受け止めて働いたら豊かになった気がするんです、心が。僕はこうでしたが、どうですか? って。テーブルに出してるだけ。 それに手をつけるかどうかは、相手次第。」
・・元より私は、いただきます。
絶対的な正義はない。でも愛をもらって嬉しいのは、みんな一緒。食べすぎても苦しくないものな〜に?しあわせなおはなし!ふぅ〜心がいっぱい。ヤマチクのみなさん、ごちそうさまでした。
ストーリーを取材したライター
