非凡なブレスレット
株式会社能作 5代目社長 能作千春氏
2026.8.21
わたくしついに出会いました、一軍ブレスレット。捜索期間、およそ30年。
ところで、私は行く先々でだいぶ大雑把な印象を持たれやすい。むかし友人と旅行に行ったとき、ホテルのロビーにあった『性格類語辞典 ネガティブ編』なる物騒な本を引っ張り出し、互いに当てはまるワードを探し合う、という暇を極めた人間の遊びをしたことがある。その中に「がさつ」を見つけた友達は泣いて喜び、ころげ回っていたのだった。
はあ、人は全くもって私を分かっていない。帰宅すればリングをちまちま磨き、ズボンは股が裂けようが修理に出す。セーターもほつれれば繕ってもらうので、直し屋のおばちゃんとは顔馴染み。きたる日に備えシミ抜きを携帯し、家には漂白剤を4種類そろえている。案外マメなのだ。
服や装飾品をこよなく愛す私だが、ブレスレットに限っては、お気に入りを見つけられずにいた。よって、アンテナが立ちっぱなしだったらしく、洒落たショップのショーケース越しにその一品を捉えた。一目で気に入り、話を聞く。錫(すず)製で、シルバーより軽い。黒ずみにくく、肌馴染みもよいという。——もう、つけて帰ります。

そういうわけで数日つけっぱなしにして過ごすと、初見では見いだせなかった魅力が顔を出してきた。最初に気づいたのは質感。錫は柔らかい。ピカピカだった表面の光沢が落ち着き、少しずつマットな風合いへ変わっていく。次に形。直線だった部分が、暮らしの中でゆるやかな曲線を帯びてくる。自分の味が出てくるようで面白い。もう十分、十分お気に入りだった。…が、その先があった。ある日、サマーニットに袖を通した時だった。「…待てよ?」思えば一度もあのストレスを感じたことがない。金具が繊維に引っかかり、糸がぴろーん。あれだ。「ちッ」、そうなったが最後、お気に入りタイム終了となる。凝視すると、つける時に爪をかける、あの”クイッ”がない。日々ちょっとした驚きを感じられるのが楽しい。どんな世界に生きたらこんなの作れるんだ?
向かった先は、ブレスレットの生みの親である、富山県高岡市の鋳物メーカー・能作。かつては仏具や茶道具、華道具の製造を主としていたが、近年ではそれに加え、錫100%のテーブルウェアや真鍮製のインテリアなど、自社ブランドの製品を世界へ発信している。もっとも、その経営手腕については、カンブリア宮殿とか、ガイアの夜明けとか、書籍とかで散々語られている。つまり、私が今さら書けることはほとんどない。…ないので、書くことにした。一人のお客として、ブレスレットの向こう側を。5代目社長の能作千春さんは、お散歩取材のお願いを快く引き受けてくれた。

[歴代の木型が並んだ圧巻の倉庫]
早めに着いて能作カフェでランチをしていると、千春さんは誰かと電話をしながら、目の前を忙しなく3往復ぐらいしている。顔を合わせるなり、「えー全然気づかなかったです〜!」「そうだ、急いでたから、お昼に食べたいろんなの、ついてるかも。編集でどうにかなる?」と、和やかな笑顔を向けられた弊社カメラマンのTシャツにもまた、大層な歯磨き粉がついていたので、全くお気になさらず、ということで取材は始まった。
さて、千春さんはこの取材で、「普通」を8回、「平凡」を6回、「平均」を1回使っている。
「能作の一族って、父は生粋の職人だし、デザインの仕事をしてる妹がいたり、パティシエの妹もいたり、どこかクリエイティブな家系なんですが、私自身は物を作る才能はないってずっと思っていて。突出した得意分野があるわけではない、平均的なタイプだと思ってるんです」
持論だが、人を自然と惹きつける人というのは、超無自覚に得意技を発動しているフシがある。本人にとっては息を吸って吐くのと同じことなので、それが技だと気づかない。千春さんの技については、読み進めながら体感していただくとしよう。
「学生の頃は自分が何をしたいのか、何が合っているのかっていうのを本当に探してたし、”自分はどのパズルにハマったときに一番活かされるんだろう”っていうのをずっと考えていたかもしれません」
県外の大学を選び、とにかく興味の湧いたバイトは片っ端からやってみたという。そうして行き着いたのが、通販紙の編集という仕事だった。
「人にものを伝えるって、こんなにやりがいがあるのかって。視点変わればね、見る景色も違っていくじゃないですか。大学で心理学専攻してたからかな。どうやったら人に魅力が届くのかなというのは常に考えている気がします。自分らしくあれる場所だったかな」
自分らしくあれる場所というのは、心から楽しいと思える場所のことらしい。
家を離れたことで、自身の視点にも変化があった。
高岡という地方の小さな町に、頭の中のデザインを形にして世に送り出す技術とプロセスを持ち、感動するものを手づくりで作っている会社がある——
能作だ。家業の価値を再認識し、寝るのも食べるのも忘れるほどに熱中した通販誌の編集の仕事を辞めた。

[ 能作の代表作、曲がる「KAGO」シリーズ ]
「私たち日本人って結構奥深いじゃないですか。独自の魅力はあるのに、それをどう伝えるみたいなところが実は不得意だと思っていて。でも長い歴史と伝統技術という、すごい素材を持っているんだから、それを200%、 500%、 1000%に見せてなんぼじゃないって思うわけです」
その言葉どおり、千春さんの発案から、ジュエリーブランド『NS by NOUSAKU』やブライダル事業『錫婚式』など、伝統工芸の新しい在り方が次々と誕生していく。
「お客様の言葉だったり、表情だったり、うん、仕草だったり。目にするものとか、耳にするものが自分の中にストックされている感覚はあります。まずそこにヒントがあって。そこからいくつかの要素が浮かぶ。その要素と要素が結びついて、ガシッと面になる瞬間があります」
”ガシッ”がジェスチャー付きだったので、千春さんの中で本当にそれが起きているのだと分かる。
「その企画をスタッフに話した時に、いや社長、それあかんと思います。という反応と、めっちゃいい!っていう反応があって。後者が来た時の、あ、これいけるな。って確信する瞬間が特に好きで」
例えば、少し前に永平寺にオープンしたカフェとワークショップの複合型店舗。能作と禅という、一見結びつかないもの同士に、職人魂と日本文化という共通点を見出したという。「だったら、お守りをつくる体験なんてここでしかできないよね」「インバウンドのお客様が多いなら、こういうお料理を提供してみようか」そんなふうに、スタッフと対話を重ねながら構想が形になってゆく。
「繋がらないものはないんです。どういうふうに繋げていくかだけだと思っていて」
実に千春さんらしいパンチラインを食らった。ちなみに私はラップにハマり、一人で韻しりとりを試みたことがある。語尾の韻が同じ単語を並べるだけのシンプルな遊び。10分かけて捻り出したのはオムツ、Tシャツ。洗濯、幻覚。心が折れ、2メモでやめにした。千春さんならどう繋げるかな〜…..などとやかましいことを始めるので一向に執筆が終わらない。戯れはこれくらいにしよう。

千春さんは、先代に『一生の価値って、どれだけの人を幸せにできるかで決まるんだ』と言われて育った。今でもこの言葉が大好きだという。だからジュエリーブランドを立ち上げてはファッションを学び、産業観光を始めては旅に出る。分野そのものへの興味の前に、その先にいる誰かに興味がある。どうりで何でも素材になるわけだ。
奇しくも冒頭で露呈したが、私のマメ的な何かで恩恵を受けるのは、概ね自分だけである。たまに頭の中に千春さんを降ろしてみようと思う。
それに呼応するように、デスクには、スタッフからのメモがたくさん置かれている。「社長こんなん作ってみたんだけど」「ここもっとこうしたら良くなりますよ」メールで送ってくる人もいれば、「千春さん!」と駆けてくる人もいる。
「組織も編集ですね、うん、パズルかな。皆さんすごく才能豊かで、本人が楽しそうな時って話しててもわかるので、ああこういうことやりたいんだ。だったらこういうチャレンジをしてみたら?とかって話してます」
ジェンダーレスをテーマにしたジュエリーでは、男性職人自身がモデルとなって身につけ、販売員として店頭に立つことも。作る人が、売る人にも、モデルにもなる。役割とは、かくも軽やかに越境できるものらしい。
千春さんが人の可能性を信じるのにも理由があった。前職についていた頃、一度家業に足を運んだ。子どもの頃から嗅ぎ慣れた鋳物の匂いも、聞き慣れた音も、何ひとつ変わっていない。なのに、そこにいる職人たちの表情だけが、まるで別人のように輝いて見えたのだという。請け負い業一本を脱し、先代が自社ブランドを立ち上げた頃だった。自分たちの想いを表現できるようになった人間は、ここまで変わるものなのか——
その光景は、今も続いている。60歳を超える職人は、この道数十年にして、いまだに「自分は一人前じゃない」と言う。一方で、未来のために「これまで培ってきた技術を伝える番だ」と若手を育てているそうで、そのひとりが、10代でこの世界に辿り着いた青年だった。
工場長であるご主人にも話を聞いた。「彼女は小さい頃から工場を見てきているので、ここまでの想いや魅力を伝えるのは彼女にしかできないことやなって思います」だから自分は、ものづくりを守る。そう役割を決めたのだという。千春さんは一週間の半分以上、家に帰らないことも珍しくない。「僕がやれることって、製造を守ることと、子どもたちのそばにいてあげられることしかなくて。料理も全然できないですし」ただ、とご主人は続けた。——「彼女がそれで外でも安心してもらえるんだったら、僕はそれでいいなと思いました」
作業の手を止め、汗だくのまま話してくれた。つくづく、能作というパズルには、多彩なピースが揃う。

作業台の上に並んでいた出来立ての製品がまさに、この能作らしさを物語る。お相撲さんの箸置き、傘を差す女の子がモチーフになった風鈴・・・。用途もかたちも、常識に収まる必要はない。そして言うまでもなく、私の手首に馴染んでいくあのブレスレットも、その一つなのだった。
「先代たちが残してくれたこの財産を、歴史を、ずっと守ろうって思ったら攻めることも必要で。それが100年先、 200年先に続く伝統の私たちなりの守り方なのかな」
「小さい頃は、自分が何になりたいかわからなかったんです。でも今思ったら、この一つの仕事の中で、私はやりたいことを全部叶えていると思って。子どもたちに教える先生みたいな役割もしてるし、ブライダルもやってるし。ジュエリーブランドも。なりたいものに、たくさんなれたよって」
娘さんが学校で描く絵にいるママは、錫のぐい呑みを持っていたり、能作のTシャツを着ていたりするらしい。

「ある種、自分が平凡だし、得意とするものがおそらくないだろうなって思ったときに、周りの人の行動だったり、感度の高さだったり。スタッフからもお客様からも、いろんなヒントをいただいて、私は色んなことを考えて。今があるんです。なかなかないですよ、こんな歴史がある会社の跡取りが経験できるなんて」
——人は誰しも、自分の非凡に気づかないのかもしれない。そこに光を当てるのが、千春さんの編集だった。
私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。
かの有名な詩を思い出し、
これはスズ違いか。などと考える。
ここでもマメな貞光であった。
〜追伸〜
本文内でお見せできなかった、能作らしいワンシーンをお届けしたい。

[ 仕上がりを確かめるベテラン職人 ]

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ストーリーを取材したライター
