大事なものは、なくしちゃいけない

株式会社髙橋庄作酒造店 六代目蔵元 髙橋亘 氏

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2026.9.30


大人の迷子って厄介だ。自分の外側に正解を追い求めるほど抜け出せなくて。でもほんとの道標は、自分の内側にあるんだと思う。だって、曇りなき眼と澄んだ笑顔の大人は、みんなそう。そう教えてもらったような、20代ラストイヤーの出会い。

宝箱みたいな人

「かっこいい酒蔵の社長さんがいるから、会いに行こう。」

純米吟醸を擬人化したような、濁りなき心を持つこばさんが言うなら間違いない。

自らマネージャーを勤めるインビジョンの営業チームを「盃屋」と名づけてしまうほどの日本酒好きのこばさん。家には日本酒専用の冷蔵庫を置き、スーツケースはご当地の日本酒でいっぱいにして全国出張に飛び回る。なんでも、味というより銘柄一つ一つに象徴される酒蔵の成り立ちや、蔵人の生き様に惚れ込んでいるらしい。

そのきっかけとなったのが、福島・会津で創業150年を越える髙橋庄作酒造店の6代目蔵元・髙橋亘さんだ。

ちょうど数日後にお知り合いの酒蔵の息子さんの結婚式で東京にいらっしゃるというタイミングで、ご挨拶させていただくことになった。

待ち合わせ場所のお店で、思わず背筋が伸びる。

しかし、緊張感を帯びる私たちの前にひょうひょうと現れた亘さんは、Tシャツにキャップ姿のラフな出で立ち。

そしておもむろに「今日は皆さんにお土産を持ってきました」と小さなショルダーバッグから取り出したのは、日本酒ではなくウイスキーの小さな瓶だった。

前日まで、シングルモルトウイスキー発祥の地、スコットランド・アイラ島を旅していたのだという。

亘さん「僕の大好きな本があって。村上春樹がアイラ島を訪れた時のエッセイ『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』を読んで、いつか僕も行きたいと思ってたんです。実際に現地の酒屋へいくと、全身タトゥーにピアスだらけの若い店員さんがラフロイグの歴史を語ってくれたりして。いちアルバイトの子をとってもわかるくらい、ウイスキーが彼らのルーツそのものなんですよね。」

ーーうわあ、もう好き。さっきまでの緊張はどこへやら、このお話だけでお酒が進む。

亘さんとお話ししていると、亘さんの大好きな人やモノ、そのストーリーまでもが浮かび上がってくる。なんだか、宝箱みたいな人だ。

歴史そのものが、答え合わせ

そんな亘さんご自身のルーツである酒蔵には、いったいどんなものが詰まっているのだろう?7月上旬、会津の酒蔵を伺うことになった。

酒蔵内を案内してくれる亘さん。そんな中、酒造りに関連する古い書籍が収納された本棚から、ある本を取り出して見せてくれた。1684年に会津藩の村役人である佐瀬与次右衛門が著した日本最古の農書だという『会津農書(あいづのうしょ)』。上巻、中巻、下巻の三巻構成で、上巻は稲作、中巻は畑作、下巻は作物の作付けなどの作業の適期や理想的な百姓の家の構造、農作業の用語の解説やその他の注意すべきことなどについて記述されている。この内容は、文字の読めない人たちにも伝わるよう和歌として記録されているものなど、様々なカタチで後世に残っている。

亘さん「この土地にあった酒作りのやり方を学んで見つけていくのが一番いいし、それが確立されると、この土地ならではの香りや味わいができると。それには、やっぱりその土地でいいお米が取れたり、気候が恵まれてたり、という条件が必要なんですけど、会津若松はとてもそれが恵まれてるって、書いてくださってるんです。もう一つ、割と最近見つけたものなんですけど。こっちはおそらく昭和2年に発行された資料で、会津若松の酒造組合の人たちが他の蔵を見学した時の様子が書いてあるんです。会津の蔵元さんたちの名前が並んでいて、各蔵の仕込みの様子が文章で書かれていて――会津若松の印刷所で印刷して残したんでしょうね。嬉しいですよね。今やろうとしていることの答え合わせみたいで。」

ーー自らのルーツと紐付くものや場所を身体ごと浴び、自分の言葉で解釈を語る。アイラ島旅とも共通する、亘さんなりの知的好奇心の探究。宝箱の成り立ちが輪郭を帯びてきた。

生まれ育った景色を、どうやって守るか

そんな亘さん率いる高橋庄作酒造店の酒造りの象徴は「土産土法」。全商品、原料米として国産米を100%使用する『会津娘』を筆頭に、その土地の人がその土地の米と水を使い、その土地の手法で仕込むことにこだわっている。

戦中戦後の米不足や物資が乏しい時代に、安価で大量の酒を供給する目的で普及した量産した三増酒(米から造ったもろみに醸造アルコール、糖類、酸味料、アミノ酸などの調味液を加え、元の3倍の量に増量して作られたお酒)の生産から、純米酒のみに舵を切り直したのは、亘さんの父・4代目髙橋庄作氏。亘さんが人生で最も影響を受けたという4代目は、当時の意思決定をこう振り返る。

4代目「大量生産・消費の時代に、大手と我々中小蔵の差はどんどんひらいていった。そこで、自分たちの土地だからできる酒造りに戻ろうと決心をした。そう、原点回帰だよ。生まれ育ったこの会津の景色をどうやって守るか、というのが一番だね。」

亘さん「お酒には「ハレの酒」と「ケの酒」があって。「ハレの酒」はお祝い事とか特別な時に飲むようなちょっといいお酒。「ケの酒」は普段、晩酌で飲むようなお酒。そんな中で、会津娘を「上質な日常感」と表現してくれた方がいて、ああなるほど、と。多分僕が考えている会津娘の立ち位置、やりたい仕事はそういうことなんだと思います。」

ーー迷った時は、原点回帰。いつの時代も、前に進む鍵はこれなのかもしれない。

誰が作るかで味が決まる、土産土法の会津娘

実は、先代と正式に酒蔵を継ぐ・継がないという話はしたことがないという亘さん。しかし4代目の意志は引き継がれ、2019年より一つの田んぼでとれた米ごとに仕込む純米吟醸酒、圃場限定会津娘『穣(じょう)』シリーズを季節毎に蔵出ししている。

田植えを終えて1ヶ月ほどの田んぼを、麦わら帽子と長靴に着替えた亘さんが案内してくれた。「あ、キジがいますよ」「この虫が稲を食べちゃうから厄介なんです」と田んぼによりつく野生動物たちをかまいながら、土産土法を肌で感じさせてもらう。ここで浮かんだ疑問に、亘さんは目から鱗の答えをくれた。

インビジョン「土も米も同じだけど、田んぼごとに銘柄が違いますよね。どこで違いが出るんでしょう?」

亘さん「一番大事なのは、誰が作るか。お酒の味は、作る人で決まるんです。毎年毎年、消費されるものだからこそ、飲んでくださった感想を伺いながら改善していく。例えば、同じ田んぼでもあっちの方とこっちの方では苗の高さが違うでしょう。これがどう影響するか。そして来年はどうするか、またみんなで話し合っていくんです。」

ーーうちの蔵人はそれが一緒にできる仲間だと思っている、と名言する亘さんの目に曇りはない。「お父さんもやったことのないことを学んで帰りたい」と酒造りの修行中のため入社した酒屋の娘さん、家の中に自分専用のバーを作るほどのお酒好き……それぞれのバックグラウンドを持つ蔵人たちが一緒に作業し、休憩時間には一緒にお菓子を分け合い、職場というより家族のよう。彼らの潔さとひたむきさが集結し、会津の土の中に根付き、会津娘の凛とした味わいを作っているのだなあ。

なくしたら二度と作れない、タイムカプセル

一通り蔵を案内していただいて驚いたことがある。酒造りの道具や機械以外にも至る所に年季の入った代物が散りばめられていて、その一つひとつがどんなものなのかが亘さんの口から語られるのだ。休憩所の天井には先代が乗っていたボート、応接間には倉庫から出てきたという家具のほか、小学校の頃使っていたという卓上ライトや高校時代のご縁で持ち帰ったという白虎刀…一つひとつ、ストーリーのある物たちが空気を作っている。亘さんが宝箱なら、この酒蔵は高橋家のタイムカプセルそのものだ。

亘さん「一から新しい蔵を作れって言われたら、多分僕には難しかったと思います。ここは会津若松市歴史的景観指定建造物なので、外観もいじることができない。でもそういう制約があるおかげで、その中でじゃあもっと使い勝手を良くするにはどうしようか?と工夫するのが好きで。多分それは学生の頃、「もっと楽をしたい」とかずるいことを考えていたところから来てるのかもしれないんですが。(笑)でも、先人から受け継がれてるものは、なくしたら二度と作れないじゃないですか。継承するためには、どういう使い方をするのがいいだろうとか考えるのが楽しいんです。そんな中で日本酒だけでなく、会津娘の酒粕を蒸留した粕取り焼酎をベースに会津の果樹・草木を使用した「アイヅジン」が生まれたり。新しいこともやりたくなっちゃうんですよね。」

 ーー「なくしたら二度と作れない。」その尊い感性が仲間を作り、絶やすまいとする好奇心と創意工夫が継承されて、文化は根付いていくのかもしれない。そんなことを考えながらいただいたアイヅジンのスパイシーさが沁みた。

酒蔵を後にし、会津娘の卸先を訪れた。「植木屋商店」で店員さんに会津娘のおすすめを尋ねると、銘柄ごとの特色をアドリブで丁寧に説明してくれる。亘さん行きつけの居酒屋「盃欄処」のマスターは「僕は日本酒が好きだから、そのお酒のストーリーを知って楽しんでもらいたいの」と愛情たっぷりに語ってくれる。自らの足でルーツを辿る、浪漫紀行の醍醐味を感じながら、頭にはある曲の歌詞が浮かぶ。

「ついに見つけたよ 宝物

 宝石や黄金じゃなく

 旅の中で巡り合った

 素晴らしい ぼくの友達

 人生は冒険だ 地図はないけれど

 宝物探そう 信じてCompus of your heart」

生まれ育ったルーツに醸成された感性で、通じ合える人と飲み交わすお酒ほど、美味しいものはない。

ストーリーを取材したライター

 田野百萌佳

ルーツを探り、五感と語感で表現するライター。炭都・福岡田川を脱出し首都・東京渋谷でザ・文系大学生活を謳歌。カッコつけずナチュラルに企業の想いをカタチにする仕事を探し求めインビジョンに新卒入社。求人原稿、採用広報記事、ブランドストーリー、コピーライティング...いろんな言葉を練っています。特技は妄想。

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