人の営みの、その続き。
伊東株式会社 9代目社長 伊東優 氏
2026.8.26
「ただいまー!」
大阪に帰省すると、決まって立ち寄る店がある。店主とは顔馴染みで、いつも「おかえり」と迎えてくれる。顔馴染みが多く、20人入ればパンパンになる立ち飲み屋だ。
ある日、飲んでいるとアメリカからの旅行客が入ってきた。店にはもちろん英語メニューはない。
「イッツスパイシー!イッツソーホット!」
と、ほとんどパントマイムの拙い英会話。店中の全員が、自身の知り得る全ての英単語でメニューを紹介し始める。その日は達成感からか、ビールが美味しかった。
こういう人たちと繋がっていられる安心感に、私は何度も救われている。そこに行けば、あの人たちがいる。時間が空いても「おかえり」と言ってもらえる。それだけで十分なはずなのに、私はなぜか不安になる。「その場の役割を果たせているのか?」と余計なことを考えてしまう。何かの役に立つことで、「自分もこの場所の一人だ」と確かめたいのかもしれない。
そんな場所が、どうやって生まれ、残っていくのか。その続きを訪ねるような気持ちで、愛知県半田市亀崎へ向かった。
名古屋駅から車で約1時間。高速道路を降りると、長閑な田園風景が広がっていた。古くから醸造業で栄え、江戸の食文化を支えた半田市亀崎。酢、みりん、豆味噌、醤油、日本酒と、多様な醸造業が集まる珍しい地域だ。
その先に突如として現れる、日本家屋と巨大な蔵。伊東合資である。入江にほど近いこの場所には、気持ちのいい風が吹いていた。その中ではためく『敷嶋』の、真っ白なのぼり旗。
迎えてくれたのは、伊東合資・九代目の伊東さん。
「今日、鏡見てないや。大丈夫かな」
にこやかな笑顔で現れた伊東さんは、清々しい水色のTシャツを着ていた。
「実家の酒蔵を再建している」
その情報だけを聞き、私は勝手に雄々しい人物を想像していた。けれど、目の前の伊東さんは、そのイメージをひらりとかわすように軽やかだった。
青い炎を内に秘めた、妖精みたいな人だなあ。
それが、私の第一印象である。
伊東合資は、1788年創業。代表銘柄は『敷嶋』。かつては銀行や薬屋の機能も併設し、中部地方で最大規模の酒蔵だったという。時代の流れとともに廃業した酒蔵を、伊東さんは今、自らの手で再建している。
最後の『敷嶋 純』

「子供の頃から父に継げと言われていたんですよ。長男の宿命だなと自然に受け入れてました。だけど、高校1年生の時にやめるとなって。急だったので、少しもやっとしましたね。」
いつか継ぐのだと思っていた酒蔵への道は、本人の意思とは関係なく、突如として断たれた。当時、明確にやりたいことはなかったが、ものづくりには惹かれていた。映画『マトリックス』をきっかけにNTTドコモへ入社し、このまま一生勤めるのだと思っていた。
そんな伊東さんに、転機が訪れる。祖父との別れだった。その傍らで飲んだ、最後に残されていた日本酒が、沁みた。
「祖父の亡骸の隣で飲んだ『敷嶋 純』が、めちゃめちゃうまかったんですよね。」
これを最後に、こんなにも美味しいものがなくなってしまう。ものは良いのに、次の世代へ渡せず、潰えてしまう。自分たちの家がなくなるということは、そこにあった営みごと消えるということ。
伊東さんは、自分へとつながる何かまで失われるように感じたという。廃業した当時、伊東さんはまだ高校生だった。継ぐのだろうと受け入れていた道は、一度断たれた。
「いつか死ぬなら、生きている間に意味を残したい。九代目という、自分にしかできないことって何なんだろうって考えたんです。」
当時のまま残っている土壁の蔵と看板に、思わずシャッターを切った。この景観に家族との思い出を重ねる人がどれくらいいるのだろう。この場所が再び動き始めたことを、喜んでいる人がきっといる。行き交う人々の向こうに、まだ会ったことのない誰かの記憶が重なって見えた。
エネルギーの注ぎ先を決める


「人生の可能性は無限大だと思っていて。でも1日は24時間しかない。使える時間もエネルギーも有限だから、分散されてしまう。だから、もう決め切っちゃった。ここにエネルギーを注ぐぞって。」
自分の残りの人生、どこにエネルギーを注ぐかを決め切った。大手を辞めてまでやりたいと思えることを見つけ、自分の手で同じ道を手繰り寄せた。その潔さは、にこやかな笑顔が似合う伊東さんからはイメージできなくて。思わず聞いた。
不安にならなかったんですか?
「決めたら色々動き出したから。これはやれってことなんだろうなって。」
伊東合資に人生をかけると決めて動き始めると、不思議なほどに次の道が現れた。酒造免許が下りた。手放していた土地を買い戻せた。仕込みに適した井戸水が、今も湧いている。そして、蔵に残っていた古い木樽から、日本酒造りに欠かせない蔵付き酵母が見つかった。
偶然と呼ぶには出来すぎた出来事に、見えない縁のようなものを感じた。味のある土壁、大きくて太い梁を目にして、ご先祖様への思いを馳せた。
「当たり前にあった実家がなくなるかもしれないと考えた時に、今動かないと後悔するなと思ったんです。」
取り戻そうとしたのは、建物と『敷嶋』、そしてその先にいる人なのかもしれない。祖父母がいなければ、父母はいない。父母がいなければ、自分はいない。そんな当たり前の流れの中で、自分は死んだ後に何を残せるのか。伊東家がここにあった証しを、自分の代で途切れさせたくない。
伊東さんは、この場所が賑わっていた頃の空気を知っている。少年時代には、従業員や番頭さんの横を通り、祖父母の暮らす家へ向かった。行き交う人々。祖父の酒を買い求める客。そこに流れていた賑やかな声。かつて地域の人が足繁く通った店頭を抜け、水路に架かる橋を渡り、倉庫へ向かった。ほの暗い空間に、出窓から光が差し込んでいる。凛とした空気に背筋が伸びる。その奥には井戸と麹室があり、酒造りが行われていた頃の面影を残していた。私には、そこにいるはずのない人々の姿が見えるような気がした。
敷嶋の製造が最盛期を迎えていた頃。冬の蔵で、寒さのなか作業に励む職人たち。水を運ぶ音や、行き交う足音まで聞こえてきそうだった。誰もいない古い建物から感じたのは、懐かしさというより、畏敬の念。
「ね、やっぱり残さなきゃなって思っちゃったんですよ。かなり過酷な道なんですけど、人生をかける意味があるのかなと。」
もう二度とつくれないのは、建物そのものだけではない。そこに積み重なった時間も、人々の記憶も、そこで紡がれてきた歴史も。私が魅了されるのはいつだって、そこに漂う営みの気配。
できる仕事と、すべき仕事


更新されているnoteからは、前向きな印象を持っていた。ポジティブな言葉で締めくくられることが多く、悩まない人なのか・・?とすら思ったほどだ。しかし、実情はちょっと違って、あえてのポジティブだった。だから最近、書けていないという話まで。
「そうですね。笑 やっぱりしんどいものはしんどい。リアルに今問題も起きてるし。全部順風満帆かというと、そうではなくて。」
建物は壊れていく。直さなければ、やがて修復できなくなる。けれど、修繕には膨大なお金がかかる。焦るあまり、資金繰りや経営の順番を間違え、事業や仲間に負担をかけている部分もあるという。そして、伊東さんもまた、できる仕事と、すべき仕事の間で悩んでいた。
「社長として外に行く仕事ができなくなって、会社の成長を遅らせているのも課題なんです。」
日本酒の三段仕込みには、「踊り」と呼ばれる一日がある。あえて何も加えず、酵母が増えるのを待つ時間だ。立ち止まっているように見える日も、次へ進むための仕込みなのかもしれない。
伊東さんは没頭すると、とことん追究したくなる性格らしい。ポケモンは全種類集めた。カラオケにハマれば、ボイストレーニングにも通った。大人になった伊東さんの関心は、酒造りと組織づくりへ向いている。
「酒造りを追究するのは僕じゃなくてもできるし、そのポジションを僕が埋めちゃいけないとも思ってるんです。」
蔵元と杜氏を兼任する酒蔵も多い。けれど、伊東さんはそれをしないと決めた。チームをつくるために、あえて自分が埋めない場所をつくっている。一人で背負うのではなく、次の誰かが入れる場所を空けておく。
営みがあるから、続いていく

伊東さんがお気に入りの場所として、登録有形文化財の母屋へ案内してくれた。修復を待つ廊下には、過ぎた時間が積もっているように見えた。
古い木の艶。壁に残る色の濃淡。幾度も人が通ったことで生まれた床のわずかな歪み。床抜けの危険性から通せんぼするように、無造作に置かれた椅子が人間の体温を伝えてくれる。
「建物を残すだけの、ハード中心のビジネスでは、自分が死ぬ時まで残せないと思っているんです。亀崎は観光地でも何でもない。じゃあ、ここで何をするのか。半田の亀崎という土地の歴史を辿れば、やっぱり酒造りを基盤に置きたい。醸造業が盛んということは、旨味が非常に強い地域なんです。愛知のご飯は味噌カツとか味が濃くて強い。そのしっかりした味を受け止めるだけの味の強さを持ちつつ、上品な酸と切れでスッと切らしていく。次のご飯、次のお酒に手が伸びるお酒。だからうちは無濾過の酒が多い。ご飯とお酒が合わさって、1+1が3になるようなお酒を作りたい、そういう思いを込めてます。」
重要文化財が会議室などとして活用される事例があるが、建物は、ただ残っていればいいわけではない。人が訪れ、働き、飲み、語る。新しい営みが生まれてこそ、場所は未来へ続いていく。『敷嶋』は、これまでも人が集う、その中心にあった日本酒。過去を受け止めることと、未来を醸すこと。
その二つは、伊東さんの中で同時に進んでいる。
「僕のモチベーションは過去から始まったけど、今は未来に向いてるんです。自分のルーツがある亀崎という地域を残したい。ひいては、これまでの文化や個性を守っていくことが、日本が世界の中で残っていくために必要だと思っています。」
いつかここで民泊が始まったら、この廊下を歩き、夜には『敷嶋』で乾杯したい。過去の気配の上に、新しい人の時間が重なっていく。残すとは、時間を止めることではない。次の誰かが、ここに自分の時間を重ねられるようにすることなんだ。


人が場所をつくり、場所もまた、人を育てる。一人では生まれないものが、長い時間をかけ、関係の中から醸されていく。伊東さんは、九代目という自分にしかできない役割を引き受け、一度途切れた場所に、もう一度時間を重ねようとしている。
覚悟を持って引き受けた伊東さんに、大阪の店主が重なった。同じように、覚悟も歴史もまるっと背負っている大きな背中だ。難しいことに果敢に、楽しそうに挑む人とチームはかっこいい。だから私は、ただ輪の中にいるだけでは足りず、自分も場をつくる側に回りたくなるのかもしれない。
人が集まり、関係が生まれ、「ただいま」と言える場所をつくる側にいたい。店をつくる人がいて、そこへ通う人がいて、酒を飲み、笑い、また帰ってくる人がいる。その誰もが、時間を重ねながら、少しずつその場所の一人になっていく。私にも、帰れば「おかえり」と迎えてくれる人がいる。今いる場所には、一緒に働き、笑い、悩める人たちがいる。私の役割は、今この時間を大切な人たちと一緒に過ごすこと。ただそれだけなんだ。
振り返った時、この日々が、誰かの目に人の営みの影として映ったらうれしいな。いつか、誰かにとっての居場所になれたなら、こう言おう。
───おかえり。

ストーリーを取材したライター