江戸時代が続いていたなら。

株式会社小林屋 11代目当主 永本冬森 氏

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2026.8.26

思い返せば私の偏愛は、小学生の頃から体験を伴っていた。『わかったさんのクッキー』を読めば一目散にキッチンに向かったし、TSUTAYAで借りたCDをMDにダビングしながら、ライナーズノートを書き写した。英語未履修だった10歳。中島美嘉さんの『STARS』が好きで、歌詞を丸暗記しようとしていた。I wanna be loved.を「ワナビラー」と書いていたけど、胸がキュッとする感覚はあった。

好きだからこそ、原点から何もかもを知りたい。

国立国会図書館に行き、古書から調べることにも慣れてきた。WEBに情報が出れば全部見る。YouTubeや、Sportifyを行ったり来たり。目も耳も忙しない。それでも、どこか満たされない。調べれば調べるほど一次情報に触れたくなってくる。

五感で体感してみたい!
身体ごと、突っ込みたい!

そんなことを考えながら、東京から電車を乗り継ぐこと約5時間。福知山駅での「乗換時間1分」を何とかクリアし、私たちは城崎温泉へ降り立った。1300年続く城崎温泉は、外湯文化が盛んでカランコロンと下駄の音が聞こえる。

旅の目的地は、小林屋。

風になびく暖簾。大きな窓が印象的な、木造のモダンな建物。何の躊躇もせずに、引き戸を開けた。土間を彷彿とさせるロビーの先には、多くの本が並んでいる。レストランには美しい陶器が並び、スッと立つ支柱は、建材として活躍した面影を残していた。城崎温泉の一等地にありながら、昔ながらの旅館像へ寄せる気配はない。かといって、「今っぽい和風」に整えているわけでもない。その潔い美しさを前に、シャッターを切ることすら惜しい。目に焼き付けていたい。レストランでカレーを食べながら、憧れの設計事務所が携わっていることを知った。

私の偏愛センサーよ、グッジョブ。見るからにテンションが上がっている私を、女将がご厚意で館内を案内してくれた。スイートルームでは梁と窓枠に感動し、壁にあしらわれた和紙を至近距離で眺める。その熱量ゆえか、小林屋の当主に取材の機会をいただけることになった。

11代目の当主である永本冬森さんは、ボールペンと和紙を扱う現代美術のアーティストでもあり、茶道家としても活動している、日本文化の探究者だった。

永本さんは、物心ついた頃から、絵を描くことが好きだった。色えんぴつやクレヨンを使い切ってしまい、家中にころがっていたボールペンで落書きをはじめた。以来、片手にはいつもボールペンがあった。英語も話せないままカナダへ渡ったのは、20歳の時。昼も夜も路上にすわり、ひたすら絵を描き続けた。

「カナダに移住した時の自分は、日本の社会がとても嫌いでした。文化的にも、音楽やアートも西洋の真似はするけど、西洋に乗り込んで本場のルールで戦わない日本人が滑稽に思えたりしていました。しかし実際に海外にいると、自分が日本人であることを嫌でも自覚させられる場面があります。例えば箸を使ってご飯を食べているだけで「さすが日本人!箸使うのが上手いですね」と言われたりもしましたし、日本の伝統文化について質問されても知識がなくて答えられず、初めて『あ、自分はこんなことも知らないんだ』って気づかされるような出来事がたくさんありました。」

海外で、“日本人”としての輪郭が浮かび上がった。ターニングポイントは、ルーツへの回帰だった。

「世界の第一線で勝負している人たちは、自分のルーツやバックグラウンドに対して誇りを持っている。だから『日本人にしかできない表現で勝負しよう』と気持ちを入れ替えることにしました。油絵の発祥の地はヨーロッパであるし、鮮やかな色使いのポップアートだったらアメリカであって、その領域ではどうあがいても勝ち目はない。じゃあ、自分は日本人として何を根底に持ったらいいんだろうかと考え始めたのです。」

ルーツである日本には、どんな美の根源があるのかを掘り下げ、探求する永本さんが辿り着いたのは、幼少期に祖母に連れられて通ったお茶の世界だった。室町から江戸へと受け継がれた茶の湯には、絵画や書だけではなく、お花や香、料理に器、建築に作庭といったあらゆる手しごとから生まれた日本の美が集約されている。

お茶の世界を学び直すことで、日本の美の本質を見つけたい。そう心に決め、年に一度帰国するたびに茶室に通い、茶道の家元の直弟子として4年間の作務を行った。お茶の世界から自分を作り上げている美をもう一回探求し始めたのである。

「海外で暮らしているときでも、自分の中に日本人としての美が根底にあることに気づかされることがあります。あるときカナダの文房具屋さんでダイアリーを探していたら、何百種類とある中で自分が手に取ったものは、シンプルで余計なものがないミニマルなダイアリーでした。裏を見るとメイド・イン・ジャパンと書かれていて、やっぱり自分の中には日本の美と通底するものがあるのだな、とはっきり自覚しました。」

小林屋に出会った時のあの感覚だ。私の中にも、メイド・イン・ジャパンがあった。

誰かの探究の先に、私の知らない世界がそこにはある。

偏愛話はその人のこだわりと思考まで見えるから面白い。たどり着いている羨ましさと、探究する姿への憧れが交差する。

一時帰国中の2015年に、城崎温泉で作品制作をする機会があり、そこで出会ったのが小林屋と現在の奥様(女将)なのだそう。小林屋は元禄期に創業、以来300年の歴史を刻んできた城崎屈指の老舗旅館。美を中心に生きてきた永本さんの経験や知識が今、旅館というキャンバスに投影されている。”佇まいの美しい宿-A Quiet Luxury-”が小林屋改修のコンセプトであり、その方針は「もしも江戸時代が続いていたら、どんな空間が現代に生まれただろう?」という問いから導かれている。

「心が動かされるものは、その中心に”美”があると思っています。美しい佇まいの人には、その人の品性や、生き方の姿勢といった内面が映し出されるように、建物にもまた佇まいの美しさがあります。旅館の改修では、築100年で積み重なった余計なノイズを削ぎ落とし、本来持っていた建物の美しさへ立ち戻るような、引き算の作業を行いました。」

その言葉に、小林屋の内風呂「幽玄」を思い出した。ほの暗い湯殿に湯気が立ち込め、その向こうに中庭が覗く。足されているものは少ないのに、目に映る景色は豊かだった。情報で溢れる現代において、引くことは足すことより難しい。

何を基準に削ぎ落としているのだろう。

「和の文化の危険なところは、形だけをコピーすればなんとなく和風なものができてしまうことです。表面だけを取り繕った”和モダン”と呼ばれる空間が世の中に溢れていますよね。

そうではなく、まずはその土地の自然や風土といった本質的なことを、歴史から学ぶことが大切だと思います。今に至る長い歴史の、その延長線上をこれから作るわけですから。

その時に大事になってくるのが、五感です。五感が解放されていると何かに触れたときに、ものの形や固さを感じるだけでなく、温度や痛みまでも感じとることができます。身体がリラックスするとか、精神が解放されるとか「自分と自然が一体化する」ということも含めて、五感という身体的なセンサーの働きなのです。

小林屋がスリッパをやめて裸足で歩けるようにしたのも、床板や畳、ゴザなどの感触を身体で感じてほしいからです。お風呂に置いた玄武岩も、この地域を形づくってきた石に、実際に触れてほしかったからなんですよね。」

今まで何となく好きだと思っていたものと、心が動かなかったものの理由がはっきりした。表現と歴史がつながっているかどうか、だ。表面を掬うだけのデザインじゃなく、そこに在る理由まで考えられている。

このこだわりというか、偏愛がたまらない。思わず空を見上げて浸っていたら、視界の隅に捉えた。同行していた山口が、正座して泣いていた。

良い話が聞けて、温泉上がりのように整っていたその時、永本さんは「クイズをしよう!」とどこかへ。戻ってきたその手には、お膳と箸置きが4つ。

「箸置きはなぜ生まれたか知っていますか?」

早速湯冷めだ。お恥ずかしながら、深く考えたこともなかった。神事だった気がする。が、その先を知らないことに気づいた。知っているようで知らない日本の文化に、食い気味で答えを聞く。

「日本の箸置きと海外のフォークレストでは、文化的な背景、成り立ちが全然違います。箸置きは、もともと神様に食事を捧げる神事から始まりました。その後、武家社会のお膳を用いた食事作法とともに洗練され、茶道の広まりによって食事の始まりや終わりを示す重要な作法の一部として位置付けられるようになりました。

やがて江戸時代になると、庶民にも箸文化が広がって、地域ごとの焼物や工芸品を用いた箸置きが作られるようになります。季節の花や動物を模した意匠も生まれ、箸置きは実用品であると同時に季節感を表現する道具へと発展しました。だから箸置きだけでも、ざっと1000年の歴史があるんですね。

お茶碗を手に取り、箸を取って食べ、また置く。その一つひとつの所作まで含めて、日本の食文化なのです。」

畳の井草、蚊取り線香、鈴虫の声。小林屋では、江戸の器と現代の器が同時に並び、そのあいだに、四季をかたどった箸置きが置かれる。永本さんの美意識と、日本文化へのあくなき探究心ゆえ、小林屋の改修をめぐっては少々極端な方向へ振り切れたエピソードもある。

「冷蔵庫もエアコンも電化製品をすべて排除しようとしたんです。電気も電灯もいらない!みたいな。暑ければたらいに大きな氷を置いて、目で涼しさを感じればいいのだ、というくらいのハードコアなものを考えていました。というのも、明治維新があって以降、日本は急速に文明開花という波にのまれていき、それまで培ってきた大切な日本文化を切り捨て、壊していってしまったと思うからです。なので、もしあのまま江戸時代が現代にも続いてたら、一体どういう空間が生まれていただろうかと。現代の僕らでも心地よく過ごせる和の空間とは、どんな椅子の高さで、壁はどんな素材なのか、電化製品はどこまで隠せるのか。そういった目線で失われた日本文化を建築家とともに探求してみようと思いました。」

あの頃の江戸を再現するんじゃない。その延長線上に今があるんだ。のぼせ切る前に軌道修正してくれて良かった、とアイスコーヒーを飲みながら思った。

「小林屋は、もっとも本質的な改修をした旅館です。」

またしても魅惑的なワードが飛び出し、前のめりになった。

「例えば部屋の明るさです。天井から電灯を吊るし、夜でも部屋の隅々まで明るく照らされた空間で生活をしていると、交感神経が休まりません。だから今回すべての部屋から電灯を撤去し、日中は自然光で、夜は心が休まる間接照明に改修しました。

また床の間のように、本来は季節感を表すために、掛け軸や生花を飾ったりする芸術的な空間が、テレビや電話、金庫などで物置のようになっているケースであったり、エアコンや冷蔵庫がむき出しのままあるようなケースも多いです。そうやって本来の設えを無視して足されたものは、すべて排除しようと思っていました。」

確かに、旅館の金庫を見ると現実に引き戻される感覚がある。

「それから建材です。日本では古来から木と、そして木の繊維から作られた紙によって文化を育んできた民族です。例えば障子は木と紙で作られています。空間を仕切るだけではなく、外の弱い光を拡散して、部屋全体を明るくする照明装置でもあり、空調装置としても機能するとても優秀な建具です。しかし現代ではアルミサッシと合板に置き換えられ、建材としての木や紙は、どんどん使われなくなってしまっています。ならば、この紙を現代の建材として、もっと拡張させてみたら一体どこまでいけるだろうと考えてみました。それで、ロビーにあるテーブルを丸ごと和紙で包んでみたり、壁紙に和紙を張ったりすることにしました。さらには本館のスイートルームは、ベッドルームの壁も天井も、柱も丸ごとぜんぶ和紙で包んでしまいました。」

原点まで遡ることで、和紙は過去の遺物ではなく、未来の建材へ変わっていく。

「滞在した人が、和紙の手触りや良さに気づいて、『自分の家でも使いたい』と思ってくれたら、新しい和紙の需要が生まれます。さらに職人さんが、紙を作るだけでなくデザインや施工まで担えば、和紙業界と建築業界がつながるかもしれない。このベッドルームを貼ってくれた和紙作家ハタノワタルさんは、そうやって和紙をアップデートさせてきた第一人者です。」

和紙に包まれたベッドルーム。大火事で割れたコップから生まれた、金継ぎの箸置き。自分たちが大事だと信じるものを、変化させながら守り続ける強さは、どこから来るのだろう。

「僕は、自分が芸術家としてやってきたことをそのまま旅館に置き換えてみるというチャレンジをしています。リスクもあります。元々経営者ではないので、大人数を率いてこの大きな旅館を運営していくことの適任者だとは思っていません。けれども、芸術作品を生み出すように、この旅館をイチから変える力は持っているという自信はありました。世間からどういう反響があったにしても、他人の声をおもんぱかって、当たり障りのないことをするのではなく、自分にしかできない表現を振り切ってできるのが芸術家です。それを見て勇気づけられる人や、後を追ってくる人が出てくるかもしれません。」

小林屋がやっているのは、懐古でも、ただの改革でもない。日本が好きだからこそ、表面だけをなぞった「和」では納得できない。過去をそのまま再現するのでもない。何を残し、何を削ぎ落とし、どこまで進化させられるのか。問い、疑い、ときには壊しながら、まだ見ぬ日本の続きをつくろうとしている。

「僕は、”正統と異端”の表裏一体の性質を小林屋は持っていると思っています。異端として振り切って、批判があって、それを模倣されて、そしてまた戻ってきてという、一連のサイクルが正統に至る道すじです。時代が巡っても、本質的な価値は普遍であり、また時代とともに変化を繰り返して生き残るもの、それが正統です。この城崎温泉という街においても、小林屋のように異端(尖った存在)なものが、街の多様性を押し広げていく役割として機能していくのかもしれません。だからこそ、僕は僕で、自分の美を追求しつづけていくのです。」

批判があって、それを模倣されて、また戻ってくる───。その言葉を聞きながら、私は少し背筋を伸ばした。

自分の偏愛への信頼。迎合しないかっこよさ。小林屋に入った瞬間、私が感じたものの正体はこれだった。その強さは、奇抜さや反骨心ではない。自分が美しいと思うものを掘り下げ、選んだ理由を引き受ける覚悟に裏打ちされていた。永本さんが深く潜ったからこその、このアウトプット。

だから、惹かれたんだ。五感で触れて、心が満たされた。深く探求しているからこそ、確信がある。だから、その直感を信じられる。その偏愛具合に憧れるし、気がつけば私もその領域に踏み入れているのかも。

温泉にも、偏愛にも出会えた旅。いい湯、お先でした。

ストーリーを取材したライター

 五十嵐清美

ライター兼制作ディレクション担当。言葉とデザインを繋げられるようにニコニコ精進中。日光とコーヒーがあれば大体ご機嫌です。

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